大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)154号 判決 1984年11月21日

原告

日本鋼管株式会社

被告

特許庁長官

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者双方の求めた裁判

原告は「特許庁が昭和55年審判第13916号事件について昭和57年5月11日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は昭和48年2月15日名称を「低温用非調質型低合金高張力鋼の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたところ、本願発明は昭和54年5月17日出願公告された。これに対し特許異議の申立がなされ、特許庁は昭和55年5月29日右異議申立を理由あるものと認め、本願発明につき拒絶査定をした。そこで、原告は同年8月1日これに対する審判を請求し、特許庁はこれを昭和55年審判第13916号事件として審理したうえ、昭和57年5月11日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年6月16日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

1 C:0.01~0.1%、Si:0.1~0.9%、Mn:0.5~2.0%、Nb:0.01~0.1%、Ni:1.4~3.5%、Al:0.01~0.3%残部鉄及び不可避の不純物からなる鋼を溶製し、これにより得られた鋼片を加熱後、上記Niの含有量が1.4~2.0%の場合は、900度C以下における合計圧下率を少なくとも〔90-30×(Ni%)〕%、2.0~3.5%の場合は上記900度C以下における合計圧下率を少なくとも30%以上として圧延することを特徴とする低温用非調質型低合金高張力鋼の製造方法。

2 C:0.01~0.1%、Si:0.1~0.9%、Mn:0.5~2.0%、Nb:0.01~0.1%、Ni:1.4~3.5%、Al:0.01~0.3%及びCu:0.1~1.0%、Mo0.05~0.5%、V:0.01~0.1%、Cr:0.1~0.7%の中1種又は2種以上、残部鉄及び不可避の不純物からなる鋼を溶製し、これにより得られた鋼片を加熱後、上記Niの含有量が1.4~2.0%の場合は少なくとも〔90-30×(Ni%)〕%、2.0~3.5%の場合は上記900度C以下における合計圧下率を少なくとも30%以上として圧延することを特徴とする低温用非調質型低合金高張力鋼の製造方法。

3  C:0.01~0.1%、Si:0.1~0.9%、Mn:0.5~2.0%、Nb:0.01~0.1%、Ni:1.4~3.5%、Al:0.01~0.3%残部鉄及び不可避の不純物からなる鋼を溶製し、これにより得られた鋼片を加熱後、上記Niの含有量が1.4~2.0%の場合は、900度C以下における合計圧下率を少なくとも〔90-30×(Ni%)〕%、2.0~3.5%の場合は上記900度C以下における合計圧下率を少なくとも30%以上として圧延し、Aci以下で焼戻すことを特徴とする低温用非調質型低合金高張力鋼の製造方法。

4  C:0.01~0.1%、Si0.1~0.9%、Mn:0.5~2.0%、Nb:0.01~0.1%、Ni:1.4~3.5%、A1:0.01~0.3%及びCu:0.1~1.0%、Mo0.05~0.5%、V:0.01~0.1%、Cr:0.1~0.7%の中1種又は2種以上、残部鉄及び不可避の不純物からなる鋼を溶製し、これにより得られた鋼片を加熱後、上記Niの含有量が1.4~2.0%の場合は少なくとも〔90-30×(Ni%)〕%、2.0~3.5%の場合は上記900度C以下における合計圧下率を少なくとも30%以上として圧延し、Acl以下で焼戻することを特徴とする低温用非調質型低合金高張力鋼の製造方法。

3  審決の理由の要点

1 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

2 本願出願前に出願されその後に出願公告された特願昭45-45021号(特公昭49-7292号)の願書に最初に添付した明細書(以下「引用例」という。)には、その発明の目的は、本願発明と同じく低温靱性のきわめてすぐれた高張力鋼板の製造方法であり、その鋼板の製造方法は、鋼材を800度C~900度Cに加熱後、30パーセント以上の圧延率で圧延を690度C~800度Cで行うこと並びにこの発明を適用できる鋼の組成は、C0.05~0.30パーセント、Si0.7パーセント以下、Mn0.3~1.6パーセント以下Al0.07パーセント以下を基本成分とした鋼及びこの基本成分鋼にV0.3パーセント以下、Nb0.10パーセント以下、Ti0.20パーセント以下、Zr0.20パーセント以下、Ta0.10パーセント以下、Mo0.6パーセント以下の1種又は2種以上或いは更にCu1.0%以下、Cr3.0%以下、Ni3.0パーセント以下の1種又は2種以上の添加した鋼である旨の記載がある。

3 本願発明の1及び2と引用例記載の発明を比較すると、本願発明はその鋼材の組成において上記引用例に記載の範囲と重複しており、かつ鋼材の圧延に際してNiの含有量とその温度及び圧下率の関係についても重複する部分を包含している。

4  してみれば、本願発明は引用例記載の発明と同一であると認めざるを得ない。

5  引用例記載の発明はその発明者が本願の発明者と同一人であるとも認められず、かつ出願人も互に同一人ではない。

6  したがって、本願発明は特許法29条の2第1項に該当し、特許を受けることができない。

4 審決を取消すべき事由

審決の理由の要点のうち4及び6は否認し、その余は認める。本願発明1及び2(以下両者を単に「本願発明」という。)が引用例記載の発明と同一であるとの審決の判断は誤りであるから、審決は取消を免れない。

1 本願発明の鋼材組成は別表記載のとおり引用例記載の発明の鋼材組成と部分的に重複するか、これに包含されている。しかし、引用例記載の発明は圧延に際しての加熱温度と特定温度域における圧下率(圧延率)を限定した方法に関する発明であり、そこに示された鋼材の組成は低合金高張力鋼として考えられる常識的な成分が網羅的に列挙されたものであるから、本願発明の組成がこれと重複するのはむしろ当然である。本願発明はこのような低合金高張力鋼に一般的な組成の中から特定の成分を選択し、その成分範囲を特定のものに限定することにより、特有の効果を得ているのであり、成分の組合せ、成分範囲を限定し選択した点に特徴がある。

2 必須成分としてのNb、Niの含有と加熱温度

本願発明ではC、Si、Mn、AlのほかNb、Niをもって必須成分としており、Nb、Niはともに靱性と強度の向上を目的として添加され、これにより特有の効果を奏するのに対し、引用例記載の発明ではNb、Niとも任意成分とされている。

(1)  本願発明ではNbを添加してこれを固溶(合金元素の原子が結晶内に溶け込んだ状態)するに十分な温度、即ち通常の厚板圧延の際の加熱温度に加熱することにより未再結晶温度領域を拡げ、未再結晶温度領域での圧延をより多く行い得るようにし、これにより鋼組織の細粒化を図り靱性を向上させているのである。したがって、本願発明ではNbを必須成分とし、Nb添加により上昇する未再結晶温度である900度C以下の圧下率を限定しているのである。

なお、本願発明の各特許請求の範囲には、「鋼片を加熱後」と記載されているのみで、その加熱温度の記載はない。しかし、Nbが900度C以上の加熱により固溶すること及び固溶Nbが再結晶温度を引上げることはいずれも公知である。本願発明では、加熱温度とは通常の常識的温度を前提としており、この通常温度により加熱を行う限りNbは当然に固溶するから、右の加熱温度及びNbに関する点は明らかであり、特に明細書に記載していない。圧延前の通常の加熱温度は1100度Cないし1250度C程であり、このことは引用例にも記載されているとおりであって、本願発明にいう「加熱後」とは右の温度にまで加熱することを意味する。

(2)  本願発明により製造された鋼は後記のようにマイナス100度C以下のシヤルビー破面遷移温度を得ているのであるが、Nb添加だけではかかる効果を奏することはできず、Niを必須添加成分とし、しかもこのNi量と900度C以下における圧下率の下限との関係を明らかにし、Niが1.4ないし2.0パーセントの場合は圧下率が90-30×Ni%以上(これは計算すると30ないし48パーセントとなる)、2.0ないし3.5パーセントの場合圧下率が30パーセント以上というように、Ni量に応じてその下限を変えていることによって、その効果を奏しているのである。

(3)  引用例ではNb、Niの添加は任意的であるから、これらによる効果は主要なものとはなっていない。特にNbは添加したとしても引用例では加熱温度が800度Cないし900度Cと低いから固溶することはなく、未再結晶領域を拡大するということはない。引用例記載の発明では、右のように加熱温度を通常圧延の際に用いられている温度より低く抑えることにより圧延開始時点での鋼結晶粒を小さくしておき、圧延後細粒結晶を得、これにより低温靱性を得ているのであるが、この方法ではマイナス35度Cないしマイナス120度C程度の破面遷移温度しか得られないのである。

引用例記載の発明において、鋼材の加熱温度が限定されているのは、右温度が技術常識をこえて低い温度であるからであり、この点が同発明の特徴といえるのである。本願発明ではかかる低い加熱温度を排除しているか、少なくともかかる低温加熱を予定していない。

また、引用例記載の発明には、Ni含有量に応じて圧下率の下限を30ないし48パーセントの範囲で変えるという技術思想は開示されていない。

なお、引用例記載の発明が被告主張のように通常の加熱温度に加熱しそのまま再加熱することなく冷えるのを待って800度Cないし900度Cでの圧延を行うということがあり得ないことは技術常識上も引用例の記載上も明らかである。したがって、引用例記載の発明においてはNbの固溶現象は起こらない。引用例記載の発明でも、高温段階における圧延が必要であるから、同発明は高温で一定程度の圧延を行いこれを一旦冷やし、改めて800度Cないし900度Cに加熱した後所定の圧延をするという方法を採つているのである。

2 本願発明の特有の効果

(1) 本願発明ではNb及びNiの複合添加による相乗効果とその後の圧延により、低温靱性など引用例記載の発明よりすぐれた効果を得ている。即ち①本願発明では目標とする破面遷移温度マイナス100度Cからマイナス160度Cまでを安定して得られるが、引用例記載の発明ではマイナス35度C以下最低でもマイナス120度Cにすぎない。②引用例記載の発明では低温加熱を必要としているため特別な設備が必要であるが、本願発明は従来の設備でもよい。③引用例記載の発明では靱性を得るため圧下温度の上限が800度Cであるのに対し、本願発明ではNb添加により900度Cと高温になっているから、圧下を大きくとることができて有利である。④本願発明ではNbの析出硬化により強度向上も図れるというように、本願発明は引用例記載の発明に比し顕著な効果を奏する。

(2) 本願発明は組成だけで成立しているものではなく、組成と圧延条件の組合せにより成立しているのであり、右のように両発明間に組成と圧延条件の組合せによる効果に顕著な差がある限り、両発明は同一ではないというべきである。

第3請求の原因の認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。

2  主張

1 本願発明と引用例記載の発明の鋼材組成範囲は別表記載のとおり重複している。引用例記載の発明ではこの種鋼材の一般的組成を掲げているものであって、個々の元素の組成成分と添加の際の効果は知られているところであるから、鋼材に求められる特性にしたがって特定成分を選択することが直ちに新たな発明を構成するものではない。本願発明で選択使用される元素について、出願前に知られていなかった新たな作用、効果をもたらすものとして使用されているものでない以上、成分選択により引用例記載の発明が示す内容と異なる発明が成立しているものとはいえない。

2 Nb固溶による圧延の際の結晶域変化については本願明細書に記載されていない。原告主張の結晶域変化が発現するために必要とされる1100度Cから1250度Cまでの圧延前の加熱についても明細書上これをうかがい知ることはできない。かように、本願発明の特許請求の範囲には圧延に先立つ加熱温度の限定がないから、本願発明は右加熱温度を引用例記載の発明と同一とすることを排除していない。また、本願発明は圧延温度を単に900度C以下と記載するのみで、引用例記載の発明の圧延温度域(690度Cないし800度C)を排斥していない。したがって、右加熱温度及び圧延温度の重複した部分については両発明は同一の効果をもたらすはずである。原告主張のNbの固溶性及び固溶Nbによる再結晶温度の引上げ機能は未だよく知られている事実とまではいいがたく、これらの事実を前提に本願発明の構成を解釈することは相当でないし、仮にこれらの事実がよく知られているとすれば、本願発明の特許性自体が疑問となる。

3  本願発明において圧下率はNiの含有量に応じて変化するのではなく、Niの含有量に応じて変わるのは圧下率の下限である。引用例記載の発明はNiの含有量にかかわりなく圧下率を30パーセント以上とし、本願発明ではNiの含有量に応じて圧下率を30ないし48パーセント以上とするのであって、両発明の間で許容圧下率の範囲が最もずれる場合であっても両者は48パーセント以上の圧下率とする部分において重複する。また、両発明の圧延温度が重複する部分があることは前記のとおりであり、本願発明では両発明間で重複しない900度Cないし800度Cの温度域においてのみ圧延を行うことが必須とされているわけではない。かように、圧延を行う温度域と圧下率において両発明は重複する。

4  引用例記載の発明においても鋼材を終始690度Cないし800度Cの低い温度域で圧延をするということは考えられないところであるから、原告主張の通常の加熱温度である1100度Cないし1250度Cまで加熱した高温の段階で先ず圧延を行い、800度Cないし900度Cに温度が下がるのを待って前記温度域において30パーセント以上の圧下率で圧延をするという方法で右発明を実施することは可能である。即ち、引用例記載の発明の場合、当初鋼材を通常温度に加熱して圧延を行った後温度を降下させ、改めて鋼材を800度Cないし900度Cに加熱するという方法を採るものではないのである。そして、右のように引用例記載の発明において通常温度に加熱する方法を実施するならば、Nbの固溶は生じているはずであるし、仮に加熱温度が本願発明の場合と同じでないとしても、Nbは鋼の溶融時に添加されるから、溶融から圧延まで順次温度を下げる実際の例に即してみれば、引用例記載の発明の場合もNbが固溶状態から脱しているとみられる明らかな根拠はない。かかる観点からも、本願発明と引用例記載の発明が異なるところはない。

4  以上のとおり、本願発明は、引用例に記載される低温用非調節高張力鋼の製造方法において適用される鋼材の組成及び圧延温度、圧下率において重複する部分を含むものであり、また、本願発明の特許請求の範囲で限定されるすべての場合に引用例記載の発明にない特別な効果を得るわけでもない。したがって、両発明を同一とした審決の判断に誤りはない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない(但し、成立に争いのない甲第2号証によれば、請求の原因2の本願発明の要旨2及び4のうち「上記Niの含有量が1.4ないし2.0%の場合は少なくとも〔90-30×(Ni%)〕」とある部分は、同1及び3同様「上記Niの含有量が1.4ないし2.0%の場合は、900度C以下における合計圧下率を少なくとも〔90-30×(Ni%)〕%」との趣旨であると認められる。)。

2  1 審決の理由の要点(請求の原因3)の1ないし3の事実は当事者間に争いがない。この事実によれば、本願発明も引用例記載の発明も、低温靱性をそなえた非調質型低合金高張力鋼を圧延により製造する方法に関するもので、両発明における鋼材組成は別表記載のとおり重複しており、加熱後の圧延の際の温度域が800度C以下の範囲で、また圧下率を48パーセント以上とする点において重複しているものということができる。

2 そこで、本願発明における圧延前の加熱温度について検討する。

前掲甲第2号証によれば、本願発明の各特許請求の範囲には、所定成分の鋼の溶製により得られた鋼片を「加熱後」に900度C以下で所定の圧延をすることが記載されているだけで、右圧延前の加熱温度域の限定がなく、また、発明の詳細な説明の項にも右の加熱温度に関する記載がないことが認められる。

原告は、右加熱温度は圧延前の通常の加熱温度である1100度Cないし1250度Cを指す旨主張する。しかし、成立に争いのない甲第4号証(財団法人日本鉄鋼協会1972年11月発行「鉄と鋼」掲載の「低炭素非調節高靱性鋼に関する研究」)によれば、一般の商用鋼の製造の場合の圧延前加熱温度は通常1100度Cないし1300度Cであるが、本願発明のような低温靱性をもつ非調質低合金高張力鋼の製造に当って圧延前の加熱温度を900度Cないし950度Cとする方法があることが認められる。また、右の加熱温度は、原告の主張するNbの固溶性及び固溶Nbによる未再結晶温度の引上げ機能と密接に関連するのであるが、前掲甲第2号証の本願発明の明細書中のNb添加に関する記載を検討するも、本願発明におけるNb添加による原告主張のような機能を具体的に知る手掛りを得ることができない。そうすると、本願発明の方法による総ての場合に原告主張の機能が生ずるとは認め難いので、仮に右の機能自体が原告主張のとおり公知であったとしても、それは本願発明の圧延前の加熱温度がNbを固溶にするに十分な温度域に限定されると解さなければならない理由にはならない。したがって原告の右主張は採用できない。

そうであれば、本願発明における圧延前の加熱温度は、その特許請求の範囲の記載からみて、900度C以下で所定の圧延を可能にするに足りる温度であればよく、その意味においては限定されていると解されるが、原告主張の1100度Cないし1250度Cの通常の加熱温度に限定されるものではない。そして、前記のとおり、引用例には800度Cないし900度Cに加熱後690度Cないし800度Cの温度域で本願発明と重複する48パーセント以上の圧下率で圧延することが記載されているから、本願発明の圧延前の加熱温度は、引用例記載の発明の800度Cないし900度Cの温度域を排除しているものと解することはできない。

もっとも、前掲甲第2号証によれば、本願発明の明細書には1250度Cに加熱後900度C以下で圧延をした実施例が記載されていることが認められるが、右の記載は1実施例にすぎないから、これを根拠として、本願発明の前記加熱温度が原告主張のように1100度Cないし1250度Cに限定されると解することはできない。

そうすると、本願発明と引用例記載の発明との間に圧延前の加熱温度に相違があるとし、これを前提として両発明の効果に差があるとする原告の主張は理由がない。

3  このように本願発明は、引用例記載の発明の圧延前の加熱温度を排除するものとは認めがたく、両発明の鋼材組成、加熱後の圧延の際の温度域及び圧下率が一定の限度で重複していることは前叙のとおりである。原告は、本願発明はNiの含有量により圧下率の下限を変えていると主張するが、これによっても圧下率を48パーセント以上とする点において引用例記載の発明と重複していることは免れないところである。したがって、両発明はその構成を同じくする部分があるものということができる。更に、両発明はその目的とする技術的課題、即ち圧延のみによって低温靱性をそなえた非調質型低合金高張力鋼の製造という点で同じであることも前叙のとおりである。かように、両発明は、その技術的課題を同じくし、これを達成する手段たる発明の構成に重複する部分がある以上、その重複部分においては両者を実質に区別することはできず、両者は同一の効果を奏するものといわざるを得ない。したがって、本願発明は鋼材組成と圧延条件の組合せにより特有の効果を奏する旨の原告の主張は理由がない。

以上のとおりであるから、両発明は同一であるというべきである。

3  本願発明と引用例記載の発明においてその各出願人、発明者とも同一でないことは当事者間に争いがないから、本願発明は特許法29条の2第1項に該当し、特許を受けることができない。

4  よって、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 松野嘉貞 牧野利秋)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例